毎年こなすべき仕事を抑えられるようになったプレスの次なるステップは、常に「新しいことに果敢に挑む」ということです。
Bはイタリアの企業ですから、もちろん本社に強力な広報宣伝部隊があり、各国に指令を出しています。
その指令を着実にこなし、本社に「日本はきちんとやっている」と思わせるのは当たり前のこと。
そして予想以上の成果を残を戒め、部下にも目を光らせます。
明年以上、春夏秋冬、メディアやプロモーションにかかわる宣伝費管理をしていると、季節の風の移り変わりで、「そろそろこの出費がかかる」と分かるようになります。
テレビ、雑誌、ラジオ、新聞、各種交通広告、印刷物、ファッションショー、これらは一応の定価があっても交渉しだいで、金額のバリューが驚くほど変わります。
値段があってないような広告業界で必要とされるのは、やはり経験。
そして「これはちょっとおかしい」とピンと来るさなければ、日本独自の企画を推進することなどできません。
本社の意向は遵守しつつ、それ以上にインパクトのある企画を日本独自で行って、その結果を「さあどうだい」と本社に示して、日本の力を認めてもらう。
これが外資系企業での理想的なやり方です。
その理想を実現するために、私が自分自身にもスタッフにも課しているのは、「明日は今日より、どんな新しいことするの?」ということです。
私が「お貸し出し」からスタートし、広報、宣伝、販売促進、宣伝費管理を一通り経験した後に取り組んだのは、異業種、異分野の企業や人々との交流を行い、時にはコラボレーションを企画・実行して、ファッション業界だけではなし得ないような「まったく新しいこと」に挑戦することでした。
人類の知恵が試されるとき」と題したイベントを岐阜県と共同開催しました。
1千人以上集まった聴衆の前で、建築家のA氏、R・B、Oが、熱のこもったディスカッションを繰り広げたり、講演をしたりしたのです。
その発端はオフィスで受けた1本の電話でした。
長年仕事をしていると、勘で「これはイヶル!」というときがあるものです。
そのときの長良川国際会議場の館長からの電話は、まさにそういう「運命の電話」でした。
「ぜひ実現させましょう」と即答して取り組んだこの「ながらトーク」は大成功を納めることができました。
題されたエイズにかかわる啓蒙パンフレットを作成し、必要とする学校や団体、またはクラブイベントで積極的に配布しました。
エイズへの認知が社会的にまだ低かった肌年に、カラフルなコンドームを表紙デザインに使い、エイズがどのような病気なのか、そしてどのように防ぐのかといった注意事項を細かく書いた、誰でも気軽に手に取れるパンフレットを、得てして文字だらけで難しくなりがちな啓蒙書に代えて作成したのです。
このときは、まだ日本に少ないエイズに詳しい医師に協力を仰ぎ、われわれも一から学びました。
5万部刷ったこのパンフレットを欲しがる若者やイベントがあとを絶たず、大変活用され、感謝されました。
このようにBがエイズや人種差別、環境問題や戦争という社会に現存する問題を広告として取り上げはじめると、それをマスコミが取り上げ、その結果Bのオフィスには、さまざまな団体やNPOの人たちが門を叩きに来てくれました。
そのような中、日本赤十字社の人たちが、世界の恵まれない子供たちの現状を伝える膨大な量の写真を持ち込んできてくれました。
私は目の前に広げられた写真を見て、絶句しました。
飢餓に苦しむ北朝鮮の痩せ衰えた子供たち、世界のストリートチルドレン、地雷で手足を吹き飛ばされたカンボジアの子供たち、アフガニスタンの少年兵。
その少年兵の写真には次のような文章がついていました。
「私には多くの部下がおり、戦闘や地雷で多くの兵を失った。
だから常に多くの新しい兵士を集めなければならない。
もちろん子どもも私の軍隊にはいる。
一番小さい子は7歳だ。
私は大人より子どものほうがいいと思う。
子どもは無心で命令に従順だからだ。
地雷原があると、まず最初に子どもを送り、安全を確かめる。
だからこの種の作戦で死ぬ子どもは少なくないが、子どもは大人ほど訓練に時間がかからない。
初めて戦闘を体験した子どもは怯えてしまうが、そんな時は麻薬を与えると恐れをなくして戦うようになる。
一度麻薬を覚えると、子どもは従順になり、より優れた兵士になれるのだ。
この非人道的な写真と証言には、Bのプレスという立場を一瞬忘れそうになるほどの、胸が張り裂けそうな悲しみと怒りを覚えました。
地雷原に子供を大人の露払いに行かせるなんて。
怯える子供を麻薬で縛るなんて。
そんなことがこの地球上でいまだに行われているなんて。
この写真をなんらかの形で世に出し、世界の子供たちの悲惨な現状を、この平和な日本社会に認知せしめたい、という日赤サイドの意向にその場でOKと即答し、それらの写真を使った冊子を作ったのです。
その冊子にダブルネームで、Bと日本赤十字社の名前を入れ、最後にはこのような一文が付記されました。
「日本世界の恵まれない子供達の現実を知らせるために日本赤十字社とのダブルネームで作った冊子募集しています」。
赤十字社はBグループの協力を得て、地雷犠牲者の援助とリハビリのために義援金をこのパンフレットはできあがる前からすでに評判になり、いろいろな団体から配布させてほしいという申し出がありました。
しかしながら、増刷する資金がもうありません。
それを聞きつけたインターネット総合研究所の人たちが「自分たちにも協力させてほしい」と申し出てくれ、増刷分の経費を快く引き受けてくれました。
Bを中心として「何か少しでもできること」に協力してくれる企業の取り組みの輪が広がっていったのです。
いつも「Bらしい広告活動」を心がけ、その哲学に沿ってできることを注意深く選別し、見分けるようにした結果です。
その一方でバブル時代の名残りのような、高額なオペラや音楽界のスポンサーなどの支援依頼は、遠慮させていただくようにしています。
そのようなきらびやかなイベントになら、Bでなくても喜んで出資する大企業がいくらでもあるでしょう。
このような姿勢ややり方をB本社に報告すると、本社は大変喜んでくれました。
B本社自体も、国連のFAOや、国連ボランティア機構と積極的に手を携えはじめた時期だったのです。
2001年は国際ボランティア年であり、Bグループもそれにあわせて、さまざまな形でボランティア活動をしている世界中の個人やグループを、広告活動を通じて世の中に紹介しました。
その最中、「私たちBジャパン広報チームも独自のボランティア活動ができたらいいね」という話し合いから、カラーボランティアプロジェクトをスタートさせました。
実はその前年から、東京都の家庭科の教師の有志の人たちの研究の輪に入れてもらっていたのです。
集結した先生たちは、新しい家庭科教育のあり方を研究していました。
「生きる力をはぐくむ」というテーマで、中学生に家庭科の授業を通して、それまでの技術面に加えて、どのように服を選び着こなすかという「着装教育」をしたいと考え、それをどのように進めようかと、新しい授業のあり方を模索していたのです。
これも最初は1本の電話がきっかけでした。
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